岡田真澄さんが亡くなられて、どれくらい経つでしょうか?
確か、離婚されて再婚したと思ったのですが、お嬢さんが、ミスインターナショナルに選ばれたということで、ちょっとまとめました。
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岡田真澄のプロフィール
9月22日の出来事
1935年 岡田真澄さんが生まれる
画家の岡田稔とデンマーク人翻訳家とのハーフ。184cmの長身と端正な顔立ちを武器に、有名女優と浮名を流すプレイボーイとして知られていた。中年以降は口髭を蓄えてヨシフ・スターリンに酷似した容貌となった。人魚姫の像のモデル女性は伯母に当たる。 pic.twitter.com/llr12WRyjK— 鮎川タミー (@tammy_ayukawa) 2018年9月21日
生年月日:1935年9月22日~2006年5月29日(70歳没)
出身地:フランス・ニース
身長:184cm
血液型:O型
配偶者:ヨネヤマママコ(1960 ~ 62年)
藤田みどり(1972年 ~ 1994年)
一般人(1995年~2006年)
岡田真澄(朋峰)の娘の母は?
岡田真澄さんは3回結婚されているんですね。
1960年に、パントマイマーのヨネヤマ・ママコと結婚。
ところが、カンヌ映画祭で渡仏した際フランスの有名女優、マリー・ラフォレを虜にし、現地の新聞が「日本のプレイボーイにぞっこん」と写真入で大きく報道されてしまいます。
マリー・ラフォレ
「コンドルは飛んでいく」フランス語
で、おはようございます。 pic.twitter.com/FomAEQnzKo— babby (@cipriani_s) 2018年10月4日
これが日本に伝わり大騒ぎになってしまったそうです。日頃岡田を快く思わず外国人扱いしていた芸能評論家ですら「日本男子ここにあり」と賞賛したとか。
ところが、岡田真澄さんはこのゴシップが日本で広まっているとは知らず、この騒ぎがもとでヨネヤマ・ママコとは翌年に離婚。
1962年には女優の瑳峨三智子と婚約しますが、結婚に至らず2年後に交際を解消。
1972年に、劇団欅所属の女優・藤田みどりと再婚します。
俳優&DJの岡田眞善(長男)ら3人の息子をもうけますが、1994年9月5日に藤田と離婚。
(続き)「呪いの館 血を吸う眼」の主人公を演じた藤田みどりは20代に見えない老け顔で、40代にも見える。
同じ頃「八月の濡れた砂」でテレサ野田の姉さん役もやっていたが、姉というより母親に見えた。
後に岡田真澄と結婚したが、テレビ生番組に夫婦で出演した時、ヒステリーを起こしたらしい。 pic.twitter.com/vUgy7fDEYI— 三一十四四二三 (@31104423) 2018年6月11日
翌1995年に日本航空の客室乗務員だった26歳下の女性と3度目の結婚、1998年、岡田真澄さんが53歳のとき、長女岡田朋峰さんが誕生しています。3度目の妻は姪の美里と同い年で長男の眞善より12歳上です。
コペンハーゲンの人魚姫の像のモデルとなったエリーネ・エリクセンは伯母。
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岡田真澄(朋峰)の出身学校や身長と経歴!
身長は172cm
大学は青山学院大学国際コミュニケーションを専攻
岡田真澄さんは、日本人画家岡田稔とデンマーク人翻訳家インゲボルグ・シーヴァルセンを両親にもつハーフなので、おそらく岡田朋峰さんはクオーターです。
岡田真澄(朋峰)の娘のインスタ?
インスタは、現在非公開になっています。
まとめ
岡田朋峰さんは、顔立ちが岡田真澄さんの若いころに、良く似ています。
どちらかと言えば、ハーフっぽく見えますね。
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