近藤正臣の若い頃イケメン!ピアノ足で演奏!息子や家族?徹子の部屋

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40年以上前のイケメン俳優と言えば、田村正和さんか近藤正臣さんだったと思います。

後に、片岡鶴太郎が「こんどーです!」というギャグをやっていましたが、ギャグにされるくらいのイケメン俳優だったのです。

どうして、そこまで言われていたのか、管理人は子供だったのでわかりませんが、ともかく子供でも二枚目俳優と言われていたのは覚えています。

それがいつの間にか、あまり言われなくなってしまったような。

ともかく「徹子の部屋」(2018年11月7日放送)に出演とあるので、まとめてみました。

近藤正臣のプロフィール

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本名:川口 正臣(かわぐち まさおみ)
生年月日:1942年2月15日(76歳)
出身地:京都府京都市
血液型:O型

母親は元祇園の芸妓さんでした。

京都府立洛東高等学校に入学すると演劇部に所属し、ボクシングも習っていました。

高校演劇コンクールでは、銀賞を受賞しています。

高校を卒業し、母親が一人で営んでいた小料理店を継ぐために大阪の吉兆で板前修行を始めますが、いわゆる伝統的な和食の世界の厳しさに嫌気がさし、3か月で辞めてアングラ劇団「ドラマ工房」を作り活動します。

京都の松竹でエキストラをしていた20歳のころ、助監督たちに「大船へ来ないか」と誘われ単身上京します。

1965年、新橋の喫茶店で、知り合いと打ち合わせをしていた時、その後の事務所代表と初めて会い、簡単な紹介を受けます。

それから1年近くのち、「エロ事師たちより 人類学入門」の坂本スミ子さんの息子役を見つけられずにいた今村昌平に相談を持ちかけられていた事務所代表が近藤を思い出し、京都に戻っていた近藤にすぐに連絡をとり、今村に会わせたのがデビューのきっかけとなります。

しかし、その後もしばらく東映京都などで仁侠映画や時代劇の端役が続きます。

1970年、大河ドラマ「樅ノ木は残った」の端役が決まると、NHKのプロデューサーに上京を勧められます。

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近藤正臣の伝説のピアノ演奏

同じ頃、「柔道一直線」の主人公(桜木健一)のライバル・結城真吾役が決まり、1971年、再び上京し出演したこのドラマで、一気に人気に火がつくことになります。

子供だったので、うろ覚えですけれど、桜木健一さんは、当時、アイドル的な存在だっと思います。

そのドラマで、なぜか近藤さんがピアノの鍵盤を足のつま先で演奏することをやってのけるのですが、今考えても、ありえない設定です。

ピアノ線で体を吊られて演奏しているのは、容易に想像がつきますが、誰が、こんなピアノを足のつま先で弾こうなんて、考えついたのでしょう。

後々までも、伝説的というか笑いのネタにされています。

近藤正臣さんのきっぱりした口調が、クールで良かったのでしょうね。

近藤正臣の若い頃イケメン!

確かにイケメンなのですが、今見ると、風間トオルさんに似ているかも。

近藤正臣の息子や家族?徹子の部屋

イケメンと騒がれた割には、あまり近藤正臣さんのプライベートなことは、表に出てきていないようですけれど、ネットでは「息子」とありますが、息子ではなく娘が一人いるそうです。

「息子」というのはドラマで、近藤正臣さんが出演した「あさが来た」で玉木宏さんが息子を演じたことのようです。

奥さんとは、近藤正臣さんが24歳のころにご結婚をしたそうです。

売れる前に結婚されて、ずっと続いていらっしゃるみたいですね。

珍しいかもしれません。

お嬢さんは、一時期、”川口ひとみ”という芸名で芸能活動をしていましたが、辞めてしまい、今では大学生のお子さんがいるそうです。

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