三遊亭小円朝が死去!死因は肺炎で訃報!顔画像経歴?父親は円之助

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また、悲しいお知らせが入りました。

落語家の三遊亭小円朝(さんゆうていこえんちょう)さんが、肺炎のため15日、お亡くなりになられたそうです。

享年49歳。

まだ、全然お若いです。

小円朝さんのお父さんは、三代目三遊亭円之助さんです。

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四代目三遊亭小円朝(さんゆうていこえんちょう)の経歴

三遊亭 小圓朝

本名:高橋 秀帆

生年月日:1969年(昭和44年)6月16日~2018年(平成30年)12月15日

出身地:東京都豊島区

落語家

円楽一門会所属。

出囃子は「舌出し三番叟」

代々木高校中退。

父は3代目三遊亭圓之助。母方の祖母は漫才師の大江笙子、祖父は漫才師の大江茂(元・砂川捨夫、後に凸凹ボップ・ホープのボップ)。

高校時代に父が亡くなり、落語家は苦労すると思い、芸界には入らず運送会社などでサラリーマンを経験します。

おそらく、バブル期だったころなので、かなりお金になったと思います。

ところが、諦めきれずに、1992年に10代目柳家小三治に入門します。前座名、さんぽ。

1994年6月、2年ほどで破門され、落語界から退きます。

1996年1月 、父の弟弟子である6代目三遊亭圓橘に再入門を許されます。前座名、橘つき。

1997年10月、二つ目の間は父と同じ4代目圓之助を名乗ります。

2005年5月、真打昇進とともに、父の師匠の名である4代目小圓朝を襲名しました。

6代目圓橘一門の総領弟子です。

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三遊亭小円朝が死去!死因は肺炎で訃報!

三遊亭小円朝さんは、肺炎でお亡くなりになったのですが、12月の頭にインフルエンザから肺炎にかかってしまい、入院をしていたそうです。

この告知が出たのが12月6日です。

それから、急変されてしまったのか、おそらく関係者の方々も驚かれたと思います。

インフルエンザと言えど、ほんとうにお気をつけください。

三遊亭小円朝父親は円之助

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本名:高橋力(たかはし つとむ)

生年月日:1929年(昭和4年)4月25日 ~ 1985年(昭和60年)4月26日)

出囃子は「舌出し三番叟」

出身地:東京都文京区大塚

元は建具職人、TBSラジオの「しろうと寄席」に出演をきっかけにプロになります。

1956年6月に3代目小圓朝に入門して朝三。

1959年9月、二つ目もこの名で昇進

1965年9月、真打昇進時と共に襲名します。

1980年6月、脳溢血で倒れ半身不自由になり修善寺リハビリテーションで1年間リハビリを行ないながら独演会などの高座に上がっていました。

1985年4月、国立演芸場で演じた「紺屋高尾」が最後の高座となります。

4月26日、東京都練馬区の北町病院で心筋梗塞のためお亡くなりになります。

享年56歳。

得意ネタは「長屋の花見」「小言念仏」「大工調べ」など長屋物を得意としました。

妻は漫才師の大江笙子と大江茂(元・砂川捨夫、後に凸凹ボップ・ホープのボップ)の娘。

まとめ

管理人は、インフルエンザにかかったことがないので、正直他人事な部分があります。

でも、今回の三遊亭小円朝さんの死で、気をつけないくてはと、あらためて思いました。

これから、まだまだ活躍はできたと思うのに49歳では、早いです。

お父さまも、早くに亡くされているので、その分頑張りたい思いもあったのではと思います。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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