幹子夫人(ビートたけし嫁)の画像や離婚調停理由や原因?浮気相手?

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2018年は所属事務所からの独立騒動で話題になったビートたけしさんですが、お次はが40年連れ添った幹子夫人と、離婚調停に入っていると注目を集めています。

幹子夫人(ビートたけし嫁)の経歴

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北野 幹子(旧姓:松田)

名前の読み方は「みきこ」と読みます。

出身地:大阪府

実家は大阪のお寺で、母方の祖父が高知県の社会運動家小原教応

弟は、最年長レーサーとして活躍する松田秀士

武庫川女子大学附属高等学校を経て、武庫川女子大学短期大学部卒業。在学中にピンアップトリオのピンアップ敦子の門下に入ります。司ミキの名で司ミワと組んで、ミキ&ヤワの女子大生コンビとして1971年に漫才師デビューしますが、すぐ渚ミキに改名させられます。
その後、前田五郎に一時師事

その後、東京に移り内海桂子・内海好江の門下となり、内海ミキと名乗り同じ門下の内海ミチ(野々深知)

と組ますが2年で解散


ミキミチ右下に名前が

1978年、アシスタントを務めていた「大正テレビ寄席」でツービートのビートたけしと知り合って同棲を始めます。

1980年に結婚。たけしが売れない時代は近所のスナックでアルバイトをして家計を支えていました。

1981年3月に長男の篤(あつし)を出産

1982年10月に長女の井子を出産。

たけしはいつ結婚したかの覚えはないというが、1983年に正式に入籍します。

結婚後は引退していたが、1981年10月10日に放送のフジテレビ「オレたちひょうきん族」の「ひょうきん夫婦漫才」という企画では、たけしと組んだ夫婦漫才で出演をします。

この回の視聴率は13.4%でした。

その後は「北野企画」などの会社を立ち上げ、たけしの収入の管理もしてきました。

現在は都内の一等地に複数の不動産物件があります。

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幹子夫人(ビートたけし嫁)の画像や離婚調停理由や原因?

離婚騒動は今に始まった話ではありませんが、離婚に至らなかった理由は、これまでたけしの母親である北野さきさんが離婚を大変不名誉と考え、なにごとに置いても幹子夫人の肩を持ったことと、幹子夫人も離婚に積極的でなかったからと言われています。

今回は、2018年の5月か6月ごろに、調停期日通知書が届き、幹子夫人やお子さんたちが驚いたそうです。

2014年7月に週刊文春で、関西のホテルの広報やPRのアドバイザーの肩書を持つ、当時49歳の愛人がいると報道されます。

女性の父親は、大手広告代理店の元幹部、国会議員の秘書を経て、地元の熊本で県会議員を務めたこともある人物。

自宅には帰らず、都内にあるたけし名義の目黒区のデザイナーズマンションで同棲状態でした。

この時、幹子夫人には、全財産を渡すと話をしていたそうです。

その後、その女性と新事務所の「T.Nゴン」を設立します。

それまで、幹子夫人は離婚に応じても良いとしていましたが、その女性が収入を管理しだしてから、幹子夫人の態度が硬化に転じます。

そこで、たけしさんは金銭的な問題をかたずけて、幹子夫人との関係を精査しようと、離婚調停を申し立てたようです。

幹子夫人(ビートたけし嫁)の浮気相手?

なんでも幹子夫人も浮気をしたことがあるそうですが、たけしさんは、内田裕也さん並に、自宅にはほとんど帰らない生活を40年近くしていて、しかも隠し子までいます。

それを思えば、夫人が浮気・・・いけないけれど、しょうがいないと思います。

女として情けないと思うでしょうし、さびしい気持ち、うめられないものがあったと思います。

お相手の方は、松竹所属の笑福亭枝鶴さんという方のようですが、なんとたけしさんが迎えに行ったとか!!!

まとめ

幹子夫人にしてみたら、浮気だけにとどまらず、隠し子だって内心はらわたが煮えくり返る思いをしているでしょうが、それでも支えてきたと思います。

芸人が出発で、別な方向に向きたいのかもしれないけれど、たけしは芸人として全うして、幹子夫人とは別れないで欲しいなと勝手に思ってしまいます。

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