兼高かおるが死去!死因は心不全で訃報!若い頃の顔画像経歴?世界の旅

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兼高かおるさんが、お亡くなりなられて驚きました。

子供の頃、兼高かおるさんの「世界の旅」を毎週楽しみにしていたのですが、当時は、今のように海外のニュースが気軽に入る時代ではなかったので、貴重な番組だったと思います。

印象に残っているのは、発展途上国などでも、兼高さんは、いつでもどこでも品が良いのに、人種差別とは無縁の気さくに現地の人と交わっている姿でした。

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兼高かおるが死去!死因は心不全で訃報!

2019年1月5日午後8時45分、心不全のため東京都港区でお亡くなりになられたそうです。

葬儀や告別式は近親者で行われました。

そうそう芥川さんとのやり取りが面白かったんです。


そう、パンナム航空がスポンサーでした!

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兼高かおる若い頃の顔画像経歴?

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引用元:https://togetter.com/li/1079475

兼高 かおる

本名:兼高ローズ

生年月日:1928年2月29日 ~ 2019年1月5日

出身地:兵庫県神戸市

日本のジャーナリスト(ツーリストライター)、日本旅行作家協会名誉会長。

1946年香蘭女学校卒業後

1954年ロサンゼルス市立大学に留学します。

その後ジャーナリストとしてジャパンタイムスなどで活躍します。

父親はインド人。香蘭女学校では黒柳徹子の先輩になります。

1958年、スカンジナビア航空が主催した「世界早回り」に挑戦し、73時間9分35秒の新記録(当時)を樹立。
1959年、この年よりTBSの番組「兼高かおる世界の旅」のレポーター、ナレーター、プロデューサー兼ディレクターを1990年62歳まで務めます。

1967年、文化庁芸術選奨新人賞受賞。
1980年、日本女性放送者懇談会賞
1985年、外務大臣表彰受賞。
1985年、兵庫県津名郡津名町(現:淡路市)の淡路ワールドパーク内に兼高かおる旅の資料館が開館し、名誉館長に就任します。
1986年、横浜市の山下公園にある横浜人形の家館長に就任(2006年5月30日まで務めます。後任は石坂浩二)。
1990年、菊池寛賞受章。
1991年、文化庁芸術選奨文部大臣賞受賞。
1991年、紫綬褒章受章。
2004年、日本国際ツーリズム殿堂入り。

今まで海外へは、150カ国以上に渡航しています。

ちなみに国連に加盟している国は193か国で、日本が国として認めているのは、この193か国に「バチカン」「コソボ」「クック」「ユウエ」の4か国を足して「北朝鮮」を引いた数の196か国です。

兼高さんと言えど、全制覇はしていないんですね。

それでも150か国は、行こうと思ってもなかなか行けません。

まとめ

兼高さんが番組で世界各国を周られていたころと、今とではずいぶん変わったと思います。

インターネットのおかげで、かつて発展途上国ところも、だんだん先進国並みに豊になったというか、民族的な部分が良くも悪くもなくなっていっていると思います。

兼高さんが、海外に行かれていたころは、まだそんな近代化されていない民族色の濃い時代だったと思います。

そんな今となっては貴重な経験の数々を体験され、それを私たち視聴者に伝えてくれました。

いつの間にか、テレビで見られることがなくなってしまい、寂しかったですが、90歳まで長生きされ充実した人生だったと思います。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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