ヤマザキマリの夫の写真!息子やヴィオラ母さんの本は?出身高校は?

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「テルマエ・ロマエ」のヤマザキマリさんが好きで、何冊か本を読んだのですけれど、年をとったら読んだ本の内容を、すぐ忘れてしまうようになり悲しいです。

それはともかく、ヤマザキマリさんが「サワコの朝」(2019年1月18日放送)に出演されるので、まとめてみました。

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ヤマザキマリのプロフィール

ヤマザキ マリ

生年月日:1967年4月20日

出身地:東京

現在はイタリア共和国在住

母親(神奈川県出身)の涼子さんがヴィオラ奏者として札幌交響楽団に在籍していたことから、幼少期を北海道千歳市で過ごします。父は指揮者であったが幼少のころ他界しています。

ミッションスクールに通っていた14歳の時、ドイツに母親の旧友の音楽家がいて、母親に勧められて1ヵ月ドイツとフランスを一人旅します。

この旅で、老齢のイタリア人陶芸家のマルコさんと出会い、旅をしている理由(芸術のため)を話すと、家出だと疑われ、後に母親がそのイタリア人に手紙を送って、娘は家出ではないと説明したそうです。

わざわざと思うのですが、これがきっかけになり、17歳の時、イタリアに渡り、イタリア国立フィレンツェアカデミア美術学院で美術史と油絵を学び、11年間過ごします。

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ヤマザキマリの夫の写真!

ヤマザキマリさんのご主人のお名前はペッピーノさん。

家族写真の一番背の高い人です。

ヤマザキマリの夫の写真!息子やヴィオラ母さんの本は?出身高校は?
引用元:公式ブログ

2002年(平成14年)、35歳の時、14歳の時出会ったイタリア人陶芸家のマルコさんの14歳年下の孫(のちに文学研究者となる)であるペッピーノさんと、彼の留学先のエジプトのイタリア大使館で挙式し、結婚をします。

ある時、夜通し古代ローマについて、ペッピーノさんと話をトイレにも行かずに話をしたのだそうです。

もう一つ決め手になったのは、ヤマザキマリさんの子供がペッピーノさんと仲よくなったことでした。

その後、ペッピーノさんがシカゴ大学で比較文学を研究することになりシカゴに転居することになります。
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ヤマザキマリの息子?

フィレンツェに住んでいた時、学生アパートの隣室のイタリア人の詩人と恋愛しますが、まったく詩人では食べていけるような人ではありません。

当時のヤマザキさんには、お金よりも、その彼氏の持っていた教養が、ご飯よりもエネルギーになったので、水道や電気が止められ、ろうそくを灯す生活でしたが苦になりませんでした。

やがて妊娠が発覚し、お金はないけれど、この詩人との子供なら生んだ方がいいなと思い出産します。

その時、閃きがあり、詩人と別れようと思ったそうです。

これは、もう別れなさいと言って、天から「これは、ハイおしまい」と言って、その代わり子供が現れたのかと思います。

赤子を抱えて働く方が、その詩人と一緒にいるより楽だと思います。

詩人がいなくなってくれた方が8割方、楽になる感じだったそうです。

画学校時代のイタリアの友達でまんがオタクがいて、その人から、ヤマザキマリさんは、沢山本を読み文章を書き絵も描いているのだから、混ぜ合わせればまんがになるのだから、どうしてまんがを描かないのかと聞かれ、それでまんがを描くようになります。

生活費を稼ぐために、1996年から漫画家としてデビューをします。

ヤマザキマリのヴィオラ母さんの本は?

どこの家のお母さんも、何かしらエピソードはあると思いますが、ヤマザキマリさんのお母さんは、1冊の本になって売れる見込みがあるくらいなので、上を行くような、インパクトのあるお母さんのようです。

発売前なのですが、ヤマザキマリさんのブログに一部掲載されていて、それを見ると、昔見た漫画家の高階良子さんの作品に出てきた女の人に似ている。

ヤマザキマリさんの母のリョウコさん(涼子)は、美化どころか、こんな風に描いちゃっていいんですか?と言いたくなるようなお母さんです。

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ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ

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ヤマザキマリの出身高校は?

ヤマザキマリさんの出身校ですが、北海道のミッション系の学校に通っていたそうですが、北海道の千歳市で過ごしていたようで、千歳市周辺のミッション系の学校は、札幌市北区にある藤女子中学校か、札幌市東区の札幌光星中学校のあたりのようです。

どちらも中高一貫なんですが、高校は東京のミッションスクールに進学しますが、お嬢様学校だったにもかかわらず、ヤマザキマリさんは、パンクに夢中でスキンヘッドにして、ツバキハウスに頻繁に通っていたそうです。

これくらいの頃です。↓

当然じゃないですが息苦しさを感じて、17歳で学校を中退して、イタリアへ渡ります。

パンクのメッカのロンドンじゃなくて、イタリアというのが、よほど縁を感じたんでしょうね。

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