小枝守監督が死去!死因は肝細胞ガンによる病気で!画像や家族(嫁・子供)は?U18侍日本も指揮!

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悲しいお知らせが入りました。

日大三や拓大紅陵の監督として、これまで春夏通算10回の甲子園で活躍された、小枝守氏が21日午前9時7分、肝細胞ガンのため、都内の病院でお亡くなりになられました。

享年67歳

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小枝守監督の経歴

小枝 守(こえだ まもる)

生年月日:1951年7月29日

出身地:東京都

出身学校:日本大学第三高等学校を経て、1974年3月、日本大学文理学部卒業。

高校野球指導者

日本大学第三高等学校、拓殖大学紅陵高等学校野球部監督を歴任し、日本高等学校野球連盟技術・振興委員を務めます。

1976年から1981年まで日本大学第三高等学校野球部監督として甲子園に出場します。

1982年より、拓殖大学紅陵高等学校野球部監督を務め、同校を春・夏合わせて9回甲子園出場に導いています。
1992年の夏の甲子園(第74回全国高等学校野球選手権大会)においては、智弁和歌山、佐世保実業、池田、尽誠学園に勝利しています。

決勝では西日本短大付に惜しくも敗れましたが、準優勝を成し遂げます。

また、この大会では初戦から準決勝まで、4人の異なる投手が勝ち投手になるという、甲子園の歴史の中でも史上初の快挙を達成しています。

2014年4月26日、夏の大会を以て野球部監督を退任することが発表されました。
2016年4月27日に、8月30日から9月4日まで台湾で開催される第11回 BFA U-18アジア選手権大会の侍ジャパンU-18代表監督に就任が決まり優勝

カナダで開催された2017 WBSC U-18ワールドカップ3位に!

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小枝守監督肝細胞ガンによる病気で!

小枝監督は、1月21日に肝細胞ガンのためお亡くなりになられています。

肝細胞がんは、肝臓の細胞ががん化したものになりますが、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、炎症やがんがあっても初期には自覚症状がほとんどありません。

また、肝炎や肝硬変などの肝臓への障害がある限り、新たにがんができてしまう可能性があるので、何年たっても「治癒という言葉が使いにくい」病です。

2018年12月に本を出版されているので、容態が急変されてしまったのでしょうか。

小枝守監督家族(嫁・子供)は?

学校の監督さんだったので、プライベートなことは出てきていません。

普通にご結婚されてお子さんもいらっしゃると思います。

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球児に響く言葉力

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まとめ

甲子園は、出場できるだけでもすごいことですが、それにずっと携われてきたとは、ある意味神業と言っていいかもしれません。

ただ勝ち負けだけではなく、生徒にとっては高校生活のたった3年間かもしれませんけれど、それは一生の思い出だったり宝物になっていると思います。

その感動を長らく経験されている氏にとって、充実した人生だったのではと思います。

晩年は、侍ジャパンU-18の代表監督に就任が決ったのも、それまでの実績があったからだと思いますが、人生の集大成として有終の美を飾ることができたのかなと思います。

それでも67歳は、まだ早いと思います。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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